ノムさんを初めて知ったのは「燃えろ!プロ野球(通称:燃えプロ)」だった。名球会チームの代打にいて、父親に「このノムラって選手は誰?」って聞いたら「選手兼監督で王の次にホームランをたくさん打った選手だ」って教えてくれた。なので、私のノムさんに対する第一印象は「伝説のスラッガー」。きっと秋山や清原のように背が高くてすらっとして強そうでカッコいい選手なのだろうと想像したが、後に本人の姿を見たらたぬきおやじの形容がぴったりなおっさんだった。小学生だった私の想像はあてにならないことを学んだ。
次に注目した機会は92年の日本シリーズ。私が応援する西武ライオンズに立ちはだかるヤクルトスワローズの監督としてあらわれた。これまでに対戦したセ・リーグのチームと違って、粘り強く、簡単に崩れず、あの手この手の策をつかって接戦に持ち込んでくるヤクルトはものすごく手強く感じた。幸い92年は西武の方がちょっとだけ上手くやれたから勝てたのだけど、翌年はさらに成長したヤクルトにリベンジを果たされた。西武ファンの私はものすごく悔しい気持ちになったし、当然、ノムさんに対しての印象はものすごく悪かった。
とはいえ、弱小ヤクルトを競合チームに育てたノムさんは、伝説のスラッガーから伝説の名監督になっていった。
数年後、そんな名監督の講演会のチケットを母親からもらった。森さんの講演会だったら良かったのにと思いながら、幼なじみと一緒に聞きに行った。しかし、ノムさんの話はめちゃくちゃおもしろかった。今でも強烈に覚えている。私も人前で話す仕事がちょいちょいあるが、このときのノムさんのスタイルは無意識的に真似をしているのかもしれない。似てないとは思うんだけど……。
「長嶋のことを勘ピュータっていうけど、実は私も同じ。ID野球とはいうものの、データは参考情報であり最終的には勘で決めている。データは勘の精度を上げるのに役立つ。」
こういう話を若いうちに聞けたことは良かった。データは大切なんだけど、データ化できないところにも大切な情報があり、それらをひっくるめて意思決定をしなければならない。ゆえに現場にでて現場勘を鈍らせないってことは大切なんだよ、っていうのは今やっている仕事でも同じ。
しかし、そんなありがたい話以上に印象に残ったのは、南海の入団テストのエピソード。
「実績もなく体格にも恵まれない私には合格は難しいように思えた。最後の遠投にいたっては規定となる距離には届かない。日も暮れかけたころ、遠投のテストで試験官の先輩が「前に出て投げろ」と言った。自分の耳を疑ったが、思い切って5mほど前にでて投げたら規定の距離を超えなんとか合格となった。当時の南海はブルペンキャッチャーに欠員がでていて、誰でもいいから合格させろってことだったのだと思う。私は運がよかった。」
いろんなものごとは、やってみなきゃわからない。やってみたら上手くいくかもしれない。打席に立たなければ出塁することはないし(代走っていうツッコミはスルーさせていただく)、チームに入れなければ打席にすら立てない。
こんな経緯で入団した選手が、本塁打王を何回も獲得して三冠王まで取るような大打者になるなんて誰が予想できたんだろう。
そんな大打者にして大監督はライバルであるミスタープロ野球こと長嶋さんに対して愛憎入り混じったジョークも言う。
「長嶋はなんでも奥さんにお伺いをたててね、彼は奥さんがいないと何にもできんのです」
このエピソードを父親に話したら「お前もだろ」と言って笑っていた。ツッコミまで勘案してのジョークだったのかもしれない。ノムさんはおもしろかった。ノムさんはとても人間臭かった。
講演会がきっかけでノムさんの著書を何冊か読み(もちろん森さんの著書も何冊か読んだし、落合氏の本も読んだ)、そのおかげで野球だけでなくスポーツをより楽しめるようになった。私は、マネジメントの考え方についてはノムさんと森さんの考え方を参考にしている部分がある(あとはパトレイバーの後藤隊長と内海課長)。ノムさんは「本来、監督なんてものはニコニコ笑ってれば良くて、細かいことを口うるさく言うようなもんじゃない。こういうのはコーチの仕事。俺が口うるさいのはコーチが未熟だから(笑)」と言っていた。指導育成を重視していたノムさんらしい、このコメントもコーチたちに向けて言っていたんだろうな。
その後、ノムさんは阪神の監督やったり、社会人野球の監督やったり、楽天の監督をやったりして長いこと野球の現場に居続けた。同年代の野球人で最後まで現場で仕事をし続けたんじゃないだろうか。昨夜観てたテレビ番組によると高校野球の監督をやりたかったらしい。どんだけ現場が好きなんですか。
そんなノムさんが一昨日なくなられました。最近はブログを書く時間もとれず、そもそも私以外の誰かがとりあげそうなテーマについては書かないと決めていたので、著名人の訃報について書くのはあんまりしないんですが、私の人となりに少なからず影響をあたえた方であり、思い出もたくさんあったので書かずにはいられませんでした。
ノムさん、ありがとうございます。
(記事中のノムさんのコメントは私の記憶を元にして書いているので事実と異なるところがあるかもしれません。本来なら裏をとるべきですが、私の記憶にどう残っているかを書きたかったので、あえてそのまま載せています。)
最後に、ちゃんと裏もとって書かれたすばらしい記事のリンクを掲載しておきます。